雫の熱は奪われて狭いオーロラに溶ける 6さいの男の子とパパママの日々。

精神分析と子育てと

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昨年末から目まぐるしく変えざるを得なかった環境の変化に私自身も疲れてしまい、
このところこうさぎとは言い合いになりがちだった。
けれどある人との出会いで穏やかさを取り戻すことができ、良かったなと思っているところ。


話はさかのぼり
先日出席した行事で教育学に関する演者が招かれていたのだが、
子育てにおいては過去は見ず、これからのことに焦点を当てましょう、とおっしゃり、
たとえば精神分析などは原因追求型の”昔の””古い”やり方であり、もはや廃れているとまで言い切っていたのに驚いてしまった。

たしかに近年の心理学や精神医学の潮目は、過去にあったことや原因に目を向けるよりも
今できることに焦点を当てて状況の改善を目指す、というやり方のほうが主流である。
それは原因にばかり目を向けることでむしろ混乱を呈し良くならない人が多かった・・・という過去の業界の反省があっての流れなのだが、
とはいえ私は実験系でありながらも実はこの分野に興味を持ったきっかけはフロイトだったので
フロイトも良いところもあるのだけどな、、、そういう風に考えている人もいるのだな~・・・となんだかモヤモヤしたのだった。

これがきっかけで、ということではないのだけど
たまたま同時期に精神分析の先生とお話しする機会があり、
(この業界にいても純粋な分析学派の人とお会いすることはあまりない。)
私自身の子育ての行き詰まりについてもダラダラと話してしまったのだが、、、
この方の話の流れのとらえ方が私にとってはとても新鮮で、同じ心を扱う分野でもこうまで捉えが違うのだなあと・・・もちろんこの先生の深い技量や経験がものを言っている部分がかなりあるのだけれど、
私とこうさぎの関係について大変良い解釈をしてくださり、
そこからわたしたちは穏やかさを取り戻すきっかけをいただいた。

かなりおおざっぱに言えば、
私はこうさぎのしつけについてつい行動療法的にやってしまいがちだったのだけれど
それがなかなか実を結ばないことも多くて焦っていた。
そのことに関して、その場その場のしつけはもちろん大切だけれど
やはり原点に立ち返って母子関係というものを丁寧に確立することも同時にこうさぎは求めているはず、
邪魔している何かの絡まりはないのか、子供の視点に立ってゼロベースで状況を考える機会を持っているか。それらを意識することでより摩擦が低減するのでは・・・
といったことを示唆してくださった。

こう書いてみるとごく当たり前のことだが、
改めて他人から言ってもらうことでストンとくるものがあったのだ。
わたしたち親子にとってとても大切な出会いになった。

と同時に、古典技法は古典技法で、きちんと使えばやはり熟した良さのようなものがあるなと
しみじみ思ったのだった。

先述したような一部の人に、精神分析が廃れたとまで言われるのは、
理論の一部が誤りであったということとは別に、
精神分析が全盛期になっていく過程で技術者が増え、と同時に雑な技術者も増えてしまった影響があると思う。
それはどのようなものでも、流行れば丁寧なつくりをしたものが減り、雑な提供物が増えることと同じだ。
相対的に良い技量を持った人の割合が減ってしまい、多くの人がその場しのぎの雑なセッションを受けることになり、
この技法はダメじゃないかと思う人が増えた時期があっただろう。
きちんとした技術者を錬成するのは大変難しいから、、、
精神分析の良さが発揮される機会が減り、やがてこの技法自体全部ダメだと誤解されてしまったのだろう。

現に「今に目を向ける」系の技術者も、数が増えるにつれ
???;;と感じざるを得ない人の割合が増えつつある。
このままでは「今に目を向けるのも結局ダメな方法だったね」と100年後には言われていそうだ。


どんな良いものも、使い方次第、使う人次第。

それから、人によって、状態によって、合う合わないはある。

いろいろな技法を柔らかく使えるようになりたいものだ。

そして子育てにおいては、こどもとのかかわりをできるだけ多面的多層的に受け止めていきたいと思った。
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by rosedance | 2016-05-28 13:29 | *Cousagi* | Comments(0)